いろは歌02

約1ヶ月ぶりの更新となりますが、「いろは歌」の続きです。
前回は「いろは歌」に隠されていた「咎無くて死す」というメッセージについて書きました。
今回は少し視点を変え、いろは歌の作者について考えてみましょう。

※この記事はYUJ第17号(平成25年7月中頃発行予定)の草稿です。
http://www.kagawa-konzouji.or.jp/yuj/

いろは歌の作者として、もっともよく知られている説は弘法大師でしょう。
この理由として、次の2点が挙げられるでしょう。

1.いろは歌の内容は、仏教の悟りの境地を暗喩するものである
2.仮名が重複しないという厳しい制約のもと、これほど優れた内容を読み込んでいる

また真言宗では、古くから学問的用途にいろは歌を用いてきた経緯もあり、弘法大師作の説を支持する土壌ができたのでしょう。
しかし、日本語史の立場からみると、いろは歌の成立は10世紀後半以降であり、弘法大師作はまず考えられません。
そもそもいろは歌は、弘法大師でなければ作りえないものだったのでしょうか。

明治時代の日刊紙『萬朝報』で、「国音の歌」を募集しました。
これは、いろは歌の47字に「ん」を付加した48字で作る、新しいいろは歌の募集でした。
応募総数はなんと1万通以上、最優秀賞には坂本百次郎による「とりなくこゑす」が選ばれました。

とりなくこゑす ゆめさませ (鳥鳴く声す   夢さませ)
みよあけわたる ひんがしの (見よ明けわたる 東の  )
そらいろはえて おきつへに (空色映えて   沖つ辺に)
ほふねむれゐぬ もやのうち (帆舟群れ居ぬ  靄のうち)

「ん」が付加されたことで、七五調が整ったこともありますが、それ以上に早朝の船着き場の様子が目に浮かぶ素晴らしい詩ではないでしょうか。
いろは歌に勝るとも劣らないといっても過言ではないでしょう。
また小松英雄氏は19位に選ばれた菱沼倉四郎の作品も取り上げています。

そたひもえちる ゐろりへに (粗朶火燃え散る 囲炉裏辺に)
しつのよさむを なけくみゆ (賤の夜寒を   嘆く見ゆ )
めこおとうゑて かほやせぬ (女子弟飢ゑて  顔痩せぬ )
あはれきいねん わらふすま (哀れ着寝ねん  藁衾   )

こちらは古文に近く、格調の高い出来になっています。
貧しい親子の悲哀を描く様は、まさに『貧窮問答歌』のようです。

「国音の歌」の募集期間は5ヶ月であり、これだけの作品が寄せられたと考えれば、真剣に取り組めばいろは歌の水準のものを制作することは可能なのかも知れません。
ちなみに最優秀賞の「とりなくこゑす」の作者である坂本百次郎は、数学の教師でありました。