修験道と讃岐国

昨日は讃岐五大師と善通寺市について書きましたが、実は今日の記事が書きたいがための前振りだったりします(笑)
今日は修験道と讃岐国のお話です。


智証大師誕生図

善通寺市出身のお大師さまは4名いるといいました。
ここで仲間外れになってしまった理源大師さまですが、讃岐五大師の中で唯一の弘法大師さまとの血縁関係がないお大師さまです。
御誕生は丸亀市街より海を臨んだ先の本島です。
善通寺市ではないとはいえ、五大師さまの出身地は本当に近く、中讃地域に集中しています。

さて、この理源大師さまですが、京都醍醐寺を開創されました。
醍醐寺といえば当山派修験(真言系修験道)の総本山でもあり、すなわち理源大師は真言系修験道の開祖でもあります。
修験道というのは、日本古来の山岳信仰と仏教が融合して生まれた日本独自の宗教で、山伏などの行者が山林を修行して、神通力を得ようとするもの。
修験道には、理源大師の流れを汲む当山派修験の他にもう1つ、本山派修験というものがあります。
こちらは天台系修験道であり、その開祖は智証大師さま、そう讃岐五大師の1人、金倉寺のお大師さまです。
このように修験道の開祖が共に讃岐国、もっといえば中讃出身なんです。
さらに弘法大師さまは日本最古の山林修行の霊場である四国霊場を開創されました。
つまり、修験道の開祖と呼ばれるお大師さまが、みな讃岐五大師に数えられており、中讃地域に集中しているんです。

ちなみに四国霊場第75番はもちろん弘法大師誕生寺、第76番金倉寺も智証大師誕生寺、そして、77番道隆寺は理源大師誕生寺ではありませんが、理源大師を開祖とする真言宗醍醐派の大本山です。
四国霊場はもともと山林修行者の修行場であり、この3寺院はまさに修験道の行者にとって聖地だったでしょう。

さて、修験道のお大師さまとして、もう1人外せない方がいらっしゃいます。
それは18年の遊行生活のすえ入滅された時宗開祖一遍上人(証誠大師)です。
そして四国霊場第78番郷照寺は時宗のお寺なんです。
先ほどの75番~77番に加え、78番札所郷照寺もまた修験行者の聖地だったのです。
ちなみに一遍上人の誕生寺は愛媛県松山市の宝厳寺で、讃岐国からは離れますが同じく四国です。

このように四国霊場は、日本最古の霊場であると共に、山林修行者の聖地でありました。
その理由は、修験道を生み育んだお大師さまたちが生まれた地もまた四国であったからです。
その中心に位置したのが讃岐国、だらかこそ「菩提の道場」と呼ばれるのかも知れませんね。