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訶利帝母さま訶利帝母尊像

 訶利帝母(かりていも)さまはインドで「ハーリティ」と呼ばれた神様で、中国、日本では「鬼子母神(きしもじん)」とも呼ばれています。訶利帝母さまというと穏やかな天女形、一方鬼子母神さまというと鬼女形であることが一般的です。そしてこのように異なるお姿をされているには理由があります。
 訶利帝母さまは鬼の子として生まれ、五百人もの子供をもうけました。もちろん子供達もまた鬼でした。そんな訶利帝母さまを改心させたのがお釈迦さまです。
 お釈迦さまはある時、一人の母親の話を耳にされました。それは人の子供を盗っては食べてしまうという、怖ろしい鬼の話でした。そこでお釈迦さまは一計を案じ、その鬼が留守の間に子供達を隠してしまわれました。
 さて、鬼が家に戻ると愛する子供達の姿が見えません。一生懸命探しますが、何の手がかりも得ることができず、泣き暮れることとうとう十日が経ちました。そこでお釈迦さまは弟子の一人を鬼のもとへと遣し、お釈迦さまを訪ねさせることに成功します。
 お釈迦さまは鬼を次のように責めました。
 「お前が我子を大切に思うように、他の人も我子を大切に思う気持ちは変わらない。それなのにどうして人の子供を盗ってしまうのか。」
 その言葉でこの鬼は己がどれだけ愚かで酷いことをしてきたのかを悟り、恐怖で震えが止まらなくなり、お釈迦さまにただただ許しを請うばかりでした。お釈迦さまはその反省が真実のものであると見抜き、次のように告げました。
 「よく言った。お前はこれから先、次の事を実行しなさい。それは求めても子供ができない人々には子供を与え、希望があればその性別も適えてあげなさい。またその人々を苦しみや煩いから護ってあげなさい。」
 皆さんもお気づきの通り、この鬼が訶利帝母さまです。訶利帝母さまが「子供と母親の守り神」と言われるのは、いまもお釈迦さまとの約束を守っていらっしゃるからです。

訶利帝母さまと金倉寺金倉寺訶利帝堂

 訶利帝母さまが日本で最初に出現された場所、それが金倉寺です。訶利帝母さまが金倉寺に出現されたのは、弘仁9年(818)、智証大師5才の時でした。
 「あなたは将来仏教を発展させる人、だから私はあなたを護りましょう。」
 智証大師にこのように告げた訶利帝母さまを金倉寺では古くから訶利帝堂で祀ってきました。金倉寺が「訶利帝母尊日本最初出現之地」と呼ばれるのもこのためです。ご本尊である訶利帝母尊像は智証大師作と言われており、智証大師の目の前に現れた天女形の訶利帝母さまを伝えるものです。大変穏やかなお顔で我子を抱いていらっしゃいます。この訶利帝母尊像は秘仏ですが、5月の第2土・日に行われる「訶利帝母例祭」の2日間のみ、御開帳されています。

日本最初出現訶利帝母略縁起日本最初出現訶利帝母略縁起

 「日本最初出現訶利帝母略縁起」はおそらく明治初年頃に制作された金倉寺の訶利帝母さまの由来を記した木版です。原文は擬古文体ですので現代文に改めて紹介したいと思います。なお原文の文意を損なわないよう現代語訳しておりますため、一部内容に誇張表現等がありますことをご了承下さい。

 金倉寺に伝わります護法善神訶利帝母さまとは、嵯峨天皇の弘仁九年(818)、宗祖智証大師が五歳の時に初めて現れられました。その後の文徳天皇の天安二年(858)、智証大師が唐国より帰朝されて金倉寺に滞在されていた時に再び出現されて、仏の教えを守り人々を安らかにすることを誓われたのでした。後に智証大師が三井寺を復興された時にもまた出現され、大師より菩薩戒を授けられました。このために三井寺の訶利帝母さまを尼護法と呼び、金倉寺の訶利帝母さまを天女護法と呼ぶわけです。
 訶利帝母さまは金倉寺の地に日本で最初に出現したために、近くはもとより遠く離れた所よりも渇仰して喜んでやってこられます。ある人は子供を求め安産を願い、ある人は懐胎帯を求め、ある人は生まれてくる子供の将来を、または愛らしさ、気品、健やかさ、無事、地位などの様々な願いをされ、どれひとつとして適わないものはありません。訶利帝母さまを安置しているお寺は他にもありますが、御利益の大きさは他と比べものになりません。
 このようであったため高松藩主松平の母君も当寺の訶利帝母さまに子息を求め安産されました。さらにその栄達を望みこれも叶えられました。この恩に報いるためと、享保初年(1716)には金倉寺訶利帝堂を再興され数々の珍しい宝物を寄進されました。これによってさらに生前の栄誉を倍増されたと言われています。
 そもそも訶利帝母さまは神様の姿をされていますが、仏さまが人々のために顕わされた仮の姿が訶利帝母さまで、子は五百、従者は五千を数えます。お釈迦さまが竹林精舎に立ち寄った時、訶利帝母さまは仏の教えを受けて子供達の守護神となり、人々に御利益を与えられる神様となられました。その御利益は世界中に及び、智証大師からは護法善神という呼び名を与えられました。
 もし訶利帝母さまにお願い事をされるのであれば毎月十六日に参拝してください。皆さんの願いは間違いなく聞き届けられるでしょう。それは訶利帝母さまが人々を苦しみから救い出したいと思う慈悲の心であり、まさに訶利帝母さまは除災招福の霊神です。夫婦円満、子授、子安、子供の身体健康、またあらゆる願い事の成就は金倉寺の訶利帝堂が一番です。

 
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