立春厄除祈願
数え年で、男性の25歳、42歳、61歳、女性の19歳、33歳、37歳は厄年といわれ、「何かよくないことがおこる」とか「気をつけた方がいいよ」などといわれます。本来厄年は、旧暦に基づいているため、新年も「立春」を基点に考えなくてはなりません。
そのため、金倉寺では毎年、厄除祈願を立春後の初めの日曜日に行っています。本年の予定は下記の通りとなっています。
| 祈願日 |
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平成24年2月5日(日) |
| 時間 |
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午前11時より約1時間 (本堂にて) |
祈願料
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金10,000円 |
| 授与品 |
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祈願札、肌守、御供米 |
| 必要事項 |
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お名前、ふりがな、生年月日、ご連絡先 |
ところで、厄年とは一体どのようにして、成立したものなのでしょうか。はたまた、本当に根拠があるものなのでしょうか。以下では、金子仁さんの『厄年の科学』(光文社カッパ・ホームス)を参考に、厄年について、考えてみたいと思います。
厄年について
厄年の起源は陰陽道からきており、もともと、七歳から九歳ずつ加算する厄年や、一歳から十二歳ずつ加算する厄年など一定の規則によって算出されたものでした。
しかし、江戸時代になると、男性は25、42、61歳、女性は19、33、37歳と、現在一般的に知られる厄年と一致します。この年齢を見ると、陰陽道からきた厄年と違い、無秩序でバラバラなことに気がつきます。
このように、旧来の規則的な厄年は、江戸時代以降、経験的な厄年へと変化しています。また、厄年にあたる年齢は、現在の医学の見地から、とくに注意と警戒を呼びかけている年齢と一致しているのです。
皆さんは、「四十代に入ってから急に体力がおちた」とか「最近もの忘れがひどくなった」などといったことを聞いたことはありませんか。また実際に体験した方もいらっしゃると思います。これには老化が関係しています。老化というものは坂道を下るようにくるものではなく、不規則な石段を下るようにやってくるのです。
逆に成長について考えてみると分かり易いのではないでしょうか。思春期に代表されるように、子供の成長は一定ではなく、段階的に、飛躍的に起きるものです。老化はこの逆で、ある時期に、突然ガクンと下ったかと思うと、しばらくは変化がなく、またある時期に突然ガクンとやってきます。
このような経験をもとに、現在の厄年はできました。それでは具体的にどのようなことに気をつければ良いのでしょうか。
男性の25歳は、成長の峠、成長と老化の分岐点です。峠とはいえ、一服する余裕はなく、すぐに老化が始まります。気力は満ちていても、体がついてこなくなることも多く、無理は禁物です。 男性の42歳は、まさに大厄の年。統計によりますと、働き盛りのピークは三十代まで。それにも関わらず、仕事では、管理職となって責任をもたされ、家庭では、子供は大きくなっても、一人前になるにはまだ先で、むしろ教育でさらにお金がかかるようになり、その重圧感はかなりのもの。さらに肉体面では、老眼や白髪、生殖機能の退化など、はっきりと衰えを自覚できる症状が現れ始めます。肉体の衰えに反して、仕事や気苦労が増えるこの時期は、大厄を意識して、健康面に留意すべきです。
男性の61歳は、抗いようのない、真の老化がはじまる年です。五十代までの老化は食事や運動などによってある程度防げるものでした。しかし、六十代以降は、骨、筋肉、血管、内臓など各組織が一斉に老化します。がん、脳卒中、肝硬変など、あらゆる病気が多発しはじめる時期ですので、定期的な検診を受け、養生に努めてください。
女性の19歳は、肺結核にかかりやすい年です。よく美人薄命といいますが、当時、その死因は肺結核がほとんどでした。現在、気をつけなければならないのは、自殺です。19歳といえば、学生生活から社会に目が向けられてくる時期です。理想と現実との隔たりに悩み、生きることへの疑問が芽生えることもあるかも知れません。この時期の悩みは特別なことではないことを知り、正面から受け止めて貰える身近な存在を大切にしましょう。また、この時期からお肌の老化も始まります。「肌は女性の命」ともいいますので、お気をつけ下さい。
女性の33歳も、大厄の年、何よりもがんに注意が必要です。三十代女性に多いのは、乳がんと子宮がん。乳がんは自力で発見が可能ですが、子宮がんはお医者さんに見つけてもらうほかありません。大厄になればまず検診をして、早期発見につなげることが大切です。
女性の37歳は、がんの発現リスクがさらに高まります。また、お産をされる場合は、注意が必要です。現在は危険が減ったとはいえ、高齢出産に変わりはありません。社会的には、子供の教育、将来の問題など、気苦労が増える時期でもあります。健康面に留意して、しっかりと家庭のサポートをしてあげて下さい。
ここまで厄年の年齢ごとに、気をつけなければいけないことを述べてきました。すでにお気づきだと思いますが、厄年は根拠のない迷信ではありません。しかし、厄年の意味が分かれば、その対処もできるものです。いたずらに厄年をおそれるのではなく、正面から厄年をみすえ、しっかりと対処をすることが大切です。
最後に、古来より伝わる厄払いの方法をご紹介しましょう。
【落とす】
お寺や神社に参拝し、くしや手拭い、お金とともに厄を落とします。
【まく】
もともと、数え年が一つ加わるのは立春からです。その前日である節分に豆や餅をまくのは、拾った人に厄を分担してもらう意味もありました。
【御馳走する】
これも「まく」と同じで、振る舞った人に厄を分担してもらうために行います。日本最古の厄年の記述がみられる『宇津保物語』にも、御馳走する姿が描かれています。
【配る】
親類や近所の人に、品物を配るもので、これも「まく」と同じ配った人に厄を分担してもらうために行いますが、年祝いのような習俗ともいえます。
【もらい集める】
決められた数の家から、食べ物をもらい集めて、それを口にします。大勢の力を借りて、厄年に対抗しようと考えたようです。
【捨て子】
四十二歳の時に生まれた子供は、形式的に一度捨てました。
【赤いものを着る】
赤は魔除けの色であり、その力で厄除けを行います。現在では、還暦に赤いちゃんちゃんこを着る風習が残っています。
<YUJ第8号より抜粋> |