讃岐和牛の牧場へ

第九回「讃岐和牛の牧場へ」

見事なサシと豊潤な味わい。ステーキも焼肉も、黒毛和牛は本当にほっぺが落ちる美味しさですよね。
今回は、香川県ブランドとして世界にPR中の「オリーブ牛」を生み出している畜産農家を見学。善通寺市原田町にある「塩田家畜人工授精所」へ行ってきました。

牛を間近に見る機会なんてなかなかないし、本当にこんな住宅街に畜舎が?という場所。
大人の工場見学さながらに、ちょっとワクワクした気持ちで向かいました。

牛といえばおなじみの黒白模様をイメージしますが、それは乳牛でこちらは肉牛となる黒毛和牛。当然ながら真っ暗の毛並みを持つ牛たちがお出迎えです。
…あれ?牛小屋ってもっと臭いがあるのかと思っていたけど、気にならない。聞けば朝晩の清掃を徹底しているそうで、牛たちはもちろん、ご近所への配慮がうかがえます。


畜舎

「親父がやっていた8年前までは乳牛もいましたよ。今は黒毛和牛の繁殖業に特化しています」。案内してくれたのは、2代目を継いだ塩田薫さん。3人の子どもたちのパパでもあります。
実は、家業を継ぐまでは大阪府警で刑事をされていたとか。ええ!? 思わず口にしそうになった“もったいない”を飲み込んだのですが、「でしょ~?私も刑事が天職だと思ってましたから継ぐ気はなかったんですけどねぇ(笑)」と、一笑に伏してくれた塩田さん。おそらくたくさんの葛藤があったであろう当時のことを、少し話してくれました。

きっかけは、初代が体調を崩したこと。これまで一度も「継いでくれ」と言ったことはなく、好きな人生を歩ませてくれたお父様です。
父への想い、家族への想い、将来への不安。そして、どこかで封印していた家業を継ぐかもしれないという気持ち。塩田さんの揺れる心を、当時第三子を妊娠していた奥様とまだ幼かった子ども達は丸ごと受け止めてくれました。

元々ポジティブで、面白いと思ったことは積極的に挑戦してきた塩田さん。
「よし、牛飼いで一番を目指そう!」
強い信念を胸に、生まれ育った故郷に帰ってきました。が、家業といっても未知の世界。引越しの片付けもままならないまま、一から学ぶ日々が始まったのです。


雑誌の家族写真

第41回毎日農業記録賞(毎日新聞社)で最優秀賞を飾った塩田さんの記事より。ご両親と塩田さん、奥様、末っ子の悠君、愛犬と一緒に


それから8年。いろんな苦労を乗り越え、今では頭数もぐんと増えました。市場に送り出した子牛が讃岐牛銘柄推進協議会の共励会で最高ランクを受賞した時は、本当に誇らしかったと言います。
家族が支えてくれた―。当時を振り返る表情は、優しい夫、頼もしいパパの顔でした。

今更ですが、繁殖業は種付けから出産までの10ヶ月間(人間と同じ!)と産まれてから8ヶ月間育てた後、出荷までの大事な時期を担う仕事です。
お産の時はつきっきりで介助。自然分娩が難しいとなれば専門の診療所まで連れて行き、帝王切開なんて展開も。また、人工授精師として他の農家に出向くこともあります。
出荷後は飼育農家でオリーブ牛になるべく育てられますが、肉質は母牛の遺伝子に左右されるため、ここで飼われている牛たちは本当に大切にされています。

ちなみに男の子は漢字、女の子はひらがなであれば自由に名付けできるそうで。女の子は一時期、AKBの名前にハマっていたとか…。とってもユーモラスな人です。
塩田さん、畜舎にあった牛の名札の中に“まりこさま”があったのを私は見逃しませんでしたよ(笑)

ここでは、命の誕生にたずさわる中で見えてきた「種の保存」を目的に、カナリヤやジュウシマツ、ニワトリ、メダカなども繁殖中。養蜂も行っていて、採取したハチミツを使って奥様が焼き菓子を作り、「Haru-Haru Farm」として善通寺市産直ふれあい市で販売しています。パウンドケーキもドーナツも、おからを使ったヘルシーで優しい味。私はかなりハマりました!
塩田さんいわく、「将来的には畜舎の横にあるレンゲ畑でカフェを開いて、みんなが気軽に動物と触れ合えるファームにしたい。畜産という地場産業をベースに地域の憩いの場を作りたい」とのこと。きっと、そう遠くない未来ですね!




刑事から牛飼いへ。
住む場所も仕事もがらりと変わったけれど、地域に貢献したいという思いはたぶん同じ。
家族や仲間に支えられながら、塩田さんの挑戦は続きます。

塩田家畜人工授精所・Haru-Haru Farm
〒765-0031 香川県善通寺市原田町894
Tel. 0877-62-0258